スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008年 文の京(ふみのみやこ)の第九

2008年 「文の京」(ふみのみやこ)の第九

平成20年12月18日(木)  19:00開演(開場18:00)


文京シビックホール大ホール
東京メトロ・丸ノ内線/南北線「後楽園駅」徒歩1分
都営地下鉄・三田線/大江戸線「春日駅」徒歩1分
JR総武線「水道橋駅」徒歩10分


入場券1,000円(全自由席)

指揮:横島勝人 

ソリスト:山口由里子(ソプラノ)、桜庭章子(アルト)
     布施雅也(テノール)、竹村 淳(バリトン)

管弦楽:SHOBIシンフォニーオーケストラ

合唱:「文の京」の第九合唱団

合唱指揮:仁階堂 孝

主催:「文の京」の第九実行委員会 

共催:文京区、財団法人文京アカデミー

後援:文京区合唱連盟、東京商工会議所文京支部、文京人懇談会、キングレコード(株)、東京ケーブルネットワーク(株)(予定)

協賛:(株)アイ・アンド・イー、(株)太田胃散、講談社、サッポロ飲料(株)、(株)損害保険ジャパン、(株)芳林堂書店(予定)

協力:専門学校東京ミュージック&メディアアーツ尚美

お問合せ:「文の京」第九実行委員会 
Tel:03?3814?2813

チケット:10月1日より発売開始



「文の京」の第九合唱団団員募集中!

「文の京」の第九合唱団

練習:9月より毎週月曜日 午後7時15分?9時

会場:スタジオブーカ、他(文京区本郷4?15?9)

対象者:16歳以上の文京区内在住・在勤・在学者

定員:ソプラノ・アルト(各70名)、テノール・バス(各30名) 
    ※超えた場合は抽選になります

参加費:8000円(楽譜代別)

申し込み方法:往復はがきに「文の京」の第九合唱団希望と書いて
住所・氏名(ふりがな)年令・電話番号・希望パートを記載して下記迄お送り下さい

〆切:8月24日(日)

送り先:〒113?0033 東京都文京区本郷4?15?9
    「文の京」の第九実行委員会




スポンサーサイト

テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

tag : 第九 ベートーヴェン ふみのみやこ 合唱団員募集

出演者プロフィール

横島勝人(指揮)  YOKOSHIMA KATSUTO大阪生れ。大阪音楽大学在学中より指揮活動を開始、1990年まで高槻市音楽団の常任指揮者を務める。ウィーン国立音楽大学指揮科に入学。1998年オランダで行われたキリル・コンドラシン国際指揮者コンクールにてベスト8に選ばれる。1999年には、ウィーン樂友協会ホールでトーンキュンストラー交響楽団とベートーヴェン交響曲第9番を指揮、2003年には「プラハの春音楽祭」でプラハ放送交響楽団を指揮、絶賛を博す。2000年より小澤征爾音楽塾オペラプロジェクトI、II、III、においてアシスタント及び合唱指揮を務める。2005年7月ドイツ ライプツィヒでのチャリティ・コンサートに出演、ニコライ教会でバッハ「ロ短調ミサ」を、ゲヴァントハウスでベートーヴェン「第九」を指揮し絶賛を博した。
横島勝人HPはこちら

仁階堂 孝(合唱指揮) NIKAIDO TAKASHI
上越教育大学教育学部卒業。Ensemble Evergreenを初めとして6団体の常任指揮者、早稲田グリークラブの客演指揮者を務る。また全国の合唱祭、講習会の講師として活躍中。2003年エストニアで行われた合唱コンペティション「Tallinn2003年」においてEnsemble Evergreenを指揮し室内合唱部門第1位を受賞。現在、尚美学園大学講師。日本合唱指揮者協会理事、IFCM国際合唱連盟個人会員。

山口由里子(ソプラノ) YAMAGUCHI YURIKO
東京藝術大学卒業。東京コンセルヴァトアール尚美ディプロマコース修了。二期会オペラ研究所プロフェッショナルコース第2期修了。ウィーンにて研鑽を積み、第17回国際ニコドスタルオペレッタコンクール入選。第15回日本声楽コンクール入選。桐朋芸術短大演奏員。二期会会員。

桜庭章子(アルト) SAKURABA AKIKO新潟県長岡市出身。国立音楽大学音楽学部声楽学科卒業。東京ミュージック&メディアアーツ尚美ディプロマコース修了。第35回新潟県音楽コンクール優秀賞。国立音楽大学同調会新潟支部新人演奏会、新潟県新人演奏会に出演。尚美学園「青少年のための第九演奏会」にソリスとして出演。

布施 雅也(テノール) FUSE MASAYA 
東京芸術大学卒業。卒業時に同声会主催の新人演奏会に出演。同大学大学院修士課程修了。第十五回奏楽堂日本歌曲コンクール歌唱部門第一位入賞。併せて中田喜直賞受賞。大学院在学中に第49、50回芸大定期オペラ、「フィガロの結婚」、「コシ・ファン・トゥッテ」。朝日新聞社主催第53回「芸大メサイア」にテノール・ソロとして出演。これまでにオペラでは「コシ・ファン・トゥッテ」フェランド、「魔笛」タミーノ、僧侶、武士、「フィガロの結婚」バジリオ、クルツィオ、「愛の女庭師」ベルフィオーレ、「オルフェーオ」パストーレ、「メリーウィドウ」カミーユ、「カルメン」レメンダード、「クリスマスの妖精」フリーダー、シューベルト「四年間の哨兵勤務」(本邦初演)デュバル、木下牧子「不思議の国のアリス」ジャック役などに出演。また、ヘンデル「メサイア」、バッハ「ヨハネ受難曲」、モーツァルト「レクイエム」、「戴冠ミサ」、ベートーヴェン「第九」、シューベルト「ミサ 第六番 変ホ長調」ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」などの数多くのコンサートに出演。

竹村 淳(バリトン) TAKEMURA ATSUSHI
国立音楽大学声楽科卒業。二期会オペラスタジオマスタークラス修了。スロバキア声楽マスタークラス修了。ウィーン芸術学校オペラ・オペレッタクラスに学ぶ。NHK洋楽オーディション合格。国際芸術連盟新人オーディション最優秀新人賞、全日本ソリストコンテスト優秀賞他、多くの国際コンクールに入賞。現在、ウィーンを拠点に活動。ウィーン・オペラ・カンパニー(オーストリア)所属。
竹村 淳HPはこちら

SHOBIシンフォニーオーケストラ
専門学校東京ミュージック&メディアアーツ尚美管弦打楽器学科に在籍する学生より選抜されたメンバーによって組織。地域に根ざした音楽活動に積極的に参加し、東京・文京区と共催のもと、弦楽器各パートに区民参加の「エクステンション・メンバー」制度を設け、「文の京」の第九演奏会に毎年出演。定期演奏会、サマーコンサート、室内楽演奏会、協奏曲の夕べ、その他依頼演奏等にも数多く出演している。
専門学校東京ミュージック&メディアアーツ尚美HPはこちら

「文の京」の第九合唱団この演奏会のために組織された合唱団。初心者からベテランまで合唱暦も世代もさまざまな文京区在住・在勤の方々で第九を歌いたいという方々が参加している。9月より週1回の練習を行っている。本番には「文京シビック合唱団」の有志も参加。




テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

第九の歌詞(語呂合わせ編)

朝日新聞に掲載され有名になった第九の歌詞のごろあわせ。これは「国技館5,000人の第九コンサート」のために作られたというが、訳者は不明。合唱のための音訳なのでソロのパートは訳されていないヨウです。また、男性合唱の部分が無いのは、女声合唱のために作られたため?

フロイデ シエーネル ゲッテル フンケン
風呂出て 詩へ寝る  月輝る  紛健

トホテル アウスエ リージ ウム
とホテル 会う末  理事  生む

ヴィルベ ト レーテン フオイケル トゥルンケン
ビルべ  と 0点   夫追い得る 取るん健

ヒンムリッシュ ハイリヒトウム
貧無理死へ   入り人産む


ダイネ ツアウベル ビンデン ヴィーデル
台寝  津会うベル ビン出ん 微出る

ヴァスディ モウデ シュトウレン ゲタイルト
バス出い  詣で  酒取れん   下駄いると

アーレー メンシェン ヴェルデン ブリュウーデル 
ああ冷  麺支援   ベル出ん  鰤うでる    

ヴォーダイン ザンフテル
暴大ん    残ふてる 


ヤー ヴェル アオホ ヌル アイネ ズイーレー
矢  ベル  青穂  塗る 合い寝 図入れ

ザイン ネント アウフ デム エル デンルント
座居ん 寝んと 合う夫 出夢 得る 出んルンと

ウント ヴェルス ニー ゲコント デル シュティーレ
運飛  べ留守  兄  下来んと 出る 酒手入れ

ヴェイネント ズィッヒ アウス ディーゼン ブント
倍寝んと   実費   合う酢 出い膳   文と

キュッセ ガップ ズイー ウンス ウント リーベン
久瀬   合符  字   運す  運と  利便

アイネン フロイント ゲプリューフト イーム トート
愛念   風呂入んと 月賦流太    い武  藤飛

ヴォー ルストバルト デム ブルム ゲ ギーベン
ぼう  留守泊ると  出む ブル無 下 技便

ウントデル ケールプ シュテイート フオル ゴット
うんと出る 毛得るぷ 首手いと   歩折る 碁っと





テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

第九の初演物語

第九の初演物語

ベートーヴェンの「第九交響曲」の初演はベートーヴェン54才の1824年5月7日にウィーンで行われた。リハーサルは2回しか行われなかったけれども(ベートーヴェンがそれに抗議すると、これで十分です、という答えが返ってきた)これは例を見ないほど大成功であった。

ソプラノは18才のヘンリエッテ・ゾンタークが歌い、アルトのソロは21才のカロリーネ・ウンガーが歌った。当時もっとも魅力のある声をもった2人によってこの偉大なる作品は産湯をつかうことになった。

街角に貼り出されたポスターにはこう書いてあった。「イグナツ・シュパンツィヒ氏がオーケストラを指揮し、演奏の総指揮はミヒャエル・ウムラウフ氏が行う、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏はそれに参与する」

しかし実際には、耳の聞こえないベートーヴェンが燕尾服に黒い絹の半ズボンと黒いストッキングでオーケストラの前に立ってタクトを振ると、その後ろに立っているウムラウフが実際の指揮をし、出演者のすべての目はそのほうに向けられていたのである。

最後のニ長調の和音は消えるやいなや、いまだかって聞かれたことのないような拍手と歓呼の嵐がまきおこり、歌手とオーケストラも進んでその中に加わった。会場を満たしている歓声に気づいていないのはベートーヴェンだけであった。彼には何もきこえなかったのである。
その時カロリーネ・ウンガーが歩み寄って、その熱狂ぶりを目で見ることが出来るように、後ろを向かせた。ベートーヴェンはしばらく歓呼する聴衆を見ていたが、それから深く頭を下げて挨拶をし、壇上を去った。

この音楽会は彼に450グルデンをもたらした。今日に換算すると300マルク(※23000円)であった。
(バーナード・グリューン著「鍵穴から見た大音楽家」より)





テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

第九の初演物語(日本)

第九の初演物語(日本)

第一次世界大戦後に徳島に収容されたドイツ人俘虜たちは、実に多彩な活動をし、西欧特にドイツの優れた文化や技術を伝え、今日に繋がる実績を残した。特に、音楽面では、楽器や楽譜の製作、調達に苦労しながらも、なんと五つのオーケストラと二つの合唱団を結成した。実績を積み重ね、技量を向上させながら取り組んだ最大のイベントが、日本初演のベートーヴェンの第九の演奏である。

日本で収容、ドイツ捕虜

 話は、第一次世界大戦にさかのぼる。日英同盟の誼みにより、英国の要請を受けた我が国は参戦、大正三年(1914)太平洋のドイツ領の諸島とともに、ドイツの租借地であった青島(チンタオ、中国山東半島)を攻撃した。敗れたドイツ将兵約五千は捕虜となり、九州から関東に到る各地に収容された。その後、大正六年収容所が再編整備され、四国では鳴門郊外の板東に約千名が集められた。世に言う板東俘虜収容所である。
 ここに、世界史上類例をみない、俘虜たちの創造・文化の活動や地域住民との交流が始まった。(ちなみに、当時の捕虜は収容されると俘虜と呼ばれた。)

ドイツ俘虜の多彩な活動

 俘虜には、民間人も含まれていた。俘虜たちは、実に多彩な活動をし、西欧特にドイツの優れた文化や技術を伝え、今日に繋がる実績を残した。例えば、人々に酪農経営を教え、パン・バター・チーズの製法、園芸栽培法、印刷技術を伝授した。収容所の中に、自らの手で、印刷所・図書館・音楽室など、様々な施設を作り、外では、橋を架けた等々。また演劇、スポーツ、芸術の分野の活動が活発であった。
 特に、音楽面では、楽器や楽譜の製作、調達に苦労しながらも、なんと五つのオーケストラと二つの合唱団を結成した。演奏回数は数多く、時折、市内でも開催された。その一つが、四国八十八箇所一番札所の霊山寺おけるエンゲル楽器団の演奏である。(この写真がよく各種の印刷物に使用されているので、目にした人もおられると思う。)

ついに、本邦初演の第九に到る

 実績を積み重ね、技量を向上させながら取り組んだ最大のイベントが、ベートーベンの第九の演奏である。困ったことに、第九となればソリストと合唱団に女声が必要となる。もとより、俘虜は男ばかりなので、やむを得ず、楽譜の該当部分を男声用を書き換えるなど、幾多の苦労を重ねながら練習したという。ついに、大正七年(1918)六月一日、軍楽長へルマン・ハンゼンの指揮の下、収容所内で全曲演奏された。合唱団は八十名であった。本邦初演の「第九」であり、しかも大正年他に日本で演奏されることはなかった。ベートーベン自身による初演から数え九十四年後の、また、数多くの人が「第九」を歓迎し始める契機となった、ワーグナー指揮の演奏から七十二年後の、壮挙である。そして、本邦初演から64年後の昭和五十七年、この六月一日は鳴門市の「第九の日」となり、第九を縁とする鳴門市や徳島の内外との交流の出発点となった。

鳴門の板東に、ドイツ捕虜の文明が花開いた理由

 では、なぜ、日本各地にあった俘虜収容所の中で、ここだけ、このような異例の活動ができたかという疑問に行き着く。往時のドイツ将兵の水準の高さだけでは説明がつかない。それなら、他の収容所でも似たようなことができたはずである。私は、このほどこの地を訪ねる機会があったので、鳴門市長さん外、何人かの方にこの疑問をぶつけてみた。皆さんのおっしゃることや資料を総合すると、どうやら次の三点にまとめられる。

 第一は、収容所長松江大佐の極めて寛大な俘虜処遇の方針である。会津藩士の子息であった大佐は、明治維新の戦いの中で、敗軍の惨めさを父から聞かされ、人道主義による俘虜の処遇について深く期するところがあったと言われる。この方針により、ドイツ俘虜は比較的自由な生活を送り、また実質外出自由であり、外泊する者もいたようである。収容所の活動や、住民との交流が可能となる素地がここにあった。

 弟二に、この地が四国のお遍路さんを受け入れる一番の札所であったことである。人々は、各地からやってくる遍路の旅人を泊め、もてなすことに慣れ、これを誇りとして来た。そこへ、異国の元将兵がやって来ても、受け入れることに抵抗感は少なかったと言われる。人々は、俘虜たちを「ドイツさん」と呼び、多種多様なことを教わり、親しみをもって交流した。その結果、「ドイツさん」も日本文化を受容し、最近わかったことだが、例えば忠臣蔵をテーマに作曲も行われていた。研究や調査が進めば、もっと多くの事が分かってくるだろう。

 第三に、この地が塩田や染料の藍の生産などで、当時の日本ではかなり豊かな地域であったことが挙げられる。かくして、収容所や俘虜の活動を経済的に下支えしたり、今日の言葉で言えば、スポンサーのような仕事をした地域の人々も結構いたと言われる。文化は、やはり、相応の豊かさが支えとなるものなのだ。

再確認された偉業と我々

 忘れてならないことは、こうした「ドイツさん」たちの事跡も歳月の経過と大きな時間の変遷の中で、その後、あまり取り上げられなくなり、漸く近年に至って、再び注目を浴び、復活再生の流れが出て来たことである。その間、60年余の年月が流れる。歴史が決して一本道でなく、濃淡、紆余曲折を経るものであることがよく分かる。
 我が取手「第九」もこの鳴門を含め、既に内外との交流を手掛け、9年余の間三回の演奏を実施、今やドイツでの親善演奏が大詰めを迎えている。広く想いを巡らせれば、我々の実績や試みも、はなはだ意義深いことが理解できよう。

追記:本文末尾に記されている取手「第九」合唱団のドイツ演奏旅行は、昨年(平成七年:1995年のこと)十月の取手での演奏をベースに、昨年末から今年の年始にかけて、筆者を団長とする百六十名余の団員が訪独して行われた。ドイツ側音楽監督、ウェルナー・シュティーフェル指揮の下、バーデン・バーデンフィルハーモニーやソリストとの演奏は、バーデンバーデンなど二都市で行われ、大成功を収めた。そのとき、ドイツ人の聴衆が総起立となった拍手が、七分間も打ち続くなど、素晴らしい感動体験を双方が、共有した。
 ともに、敗戦国である日独両国民が戦後五十年の昨年に、平和と友愛を歓喜の曲で歌い上げたのは、意義深いことと言える。
 筆者は当時、取手「第九」親睦会会長の任にあり、現在もその役員をしている。
                        (by 元国土庁審議官:仲津真治)





テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

年末に第九が多いのは

年末に第九が多いのは

12月に「第九」の演奏会が多いのは日本だけの現象です。 「第九」の演奏には大編成のオーケストラに加えて大人数の合唱団が必要であり、そのためか外国では日本のように頻繁には演奏されないようです。また第九は祝祭時に演奏されることが多いようです。

日本で、現在のように12月に第九の演奏が多く行われるようになったのは、昭和40年頃からのようです。そのころある音楽事務所が「第九」の演奏会を12月に行ったところ満員になり。それが何年か続くと、他の音楽事務所や、オーケストラも、「第九」の演奏会をするようになり、それが、みな満員になったことから、どんどん増えてきたようです。また12月はボーナスシーズンでもあり、財政的の苦しいオーケストラにとって、いつでも満員になる第九公演はドル箱でもあるようです。




テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

「第九」合唱団(練習の基本は)

「第九」合唱団(練習の基本は)

個人の練習

自分のパートの音は完全に正しく覚えましょう。音の上り下がり、音符の長さ、休符の間の取り方、リズム、テンポすべてが音楽の基本です。

アンサンブルの練習

自分のパートを完全にマスターしたら、次はコーラスのハーモニー、アンサンブルを覚えましょう。自分が歌っている時、歌わない時の他の3パートの音の動きを良く聞き、ハーモニーが美しく出来ているか、全体のバランスはどうか等に気をつけることが合唱の基本です。

暗譜の練習

一通り音取りが出来、歌詞を覚えたと自分で判断したら、次は暗譜の練習です。楽譜を意識して離し、指揮を良く見ながらこれに合わせて、次の音と歌詞は口をついて出てくるようになるまで練習します。暗譜は音楽創りの基本です。

曲想創りの練習

強弱記号(P、f)などの記号が沢山出てきます。これらは曲想をつくる上で大事な記号です。指揮者の曲創りの考えを理解し、一つの音楽を皆で創りあげるのがコーラスの醍醐味です。

何回も何回も繰り返し練習することが、上達の王道です。上達には練習しかありません。


楽譜に命を注ぎ込もう! ?書き込みの薦め?

「楽譜」に書き込みをして、自分だけのオリジナル楽譜を作ることは、上達への早道です。『楽譜書き込みの極意』を伝授しましょう!

指導者の指示はどんどん書き込もう

 練習中に指導者はどんどん音楽的な指示を与えます。それをとにかく楽譜に書き込むのです。ここで重要なのは自分の言葉で構わないということです。オリジナルの記号を作ってもいいのです。例えば、「ここでピッチが下がる!」という指示があったら、「↑」という記号を書いておくとか。自分で工夫してみるといいでしょう。第九の経験が増すにつれて、昔の書き込みを見直すのも、感慨深いものです。「ああ、あの時はこんなことを考えて歌っていたのだなあ。」などといろいろ思い出すことができ、楽しいものです。

蛍光ペンや色鉛筆を活用しよう。

 合唱の場合、普段全パートの楽譜が全て書き込まれている「総譜(スコア)」を使います。
(オーケストラの奏者が、自分のパートだけが書かれている、「パート譜」を使って演奏しているのはご存知ですよね。)「第九」の場合オーケストラパートも含めて、基本的に6段の総譜で書いてあります。そうすると自分のパートの出る箇所がわかりにくいものです。そこで、蛍光ペンなどを使って、自分の出るフレーズの頭に色を着けておくのです。そうすると楽譜にかじりつかなくても、自分の出るタイミングがわかるようになるものです。「ドッペル・フーガ」の箇所などは、二つのフーガを色分けしてみるのも、音楽の構造を理解するうえでも有効ですよ。

言葉の意味を書き込もう。

 カワイ版の楽譜には、各パートの下には、ドイツ語の言葉が書かれています。もちろん皆さんは、その言葉が読めるようになっているのですが、一つ一つの言葉の意味まで含めて理解できているでしょうか?そこで訳を、自分のパートの下に書き込んでみるのです。そうすると不思議なもので、今まで歌っていたドイツ語の歌詞に、より説得力が出てくるのです。すると、自ずから歌に自信が出てくるのですね。


演奏に説得力を持たせよう! ?暗譜の薦め?

一度思い切って譜面を閉じて歌ってみよう。

楽譜を見ないで歌うことは、初めての方にとっては、少し怖いことなのかもしれません。でも、本番では暗譜で歌わねばならないのです。一度思い切って楽譜を閉じて歌ってみましょう!
思い出してみてください。初めて自転車に乗れたときのことを。補助輪を外して乗るのが本当に怖かったものです。でも、補助輪を外しても、始めは怖いけれど、意外に楽に自転車に乗れるようになったものです。
同じように、暗譜で歌ってみましょう。意外にも歌える箇所はたくさんあるものです。だって、これまでに何度も繰り返し練習して、もう身体で憶えてしまっているんですから。そうやって暗譜でやってみる中で、自分の弱い箇所を見つけていけばいいのです。

                                    
オーケストラの音楽も憶えてしまおう。

暗譜が怖い理由の一つに、自分がいつ入ったらいいのかわからなくて、ドキドキしてしまうから、ということが挙げられます。確かに、「あと4小節、3小節」と数えて待つのは恐怖感がつきまとうものです。
そういう方は、オーケストラの音楽ごと暗譜してしまいましょう。つまり、「自分が入るのを待っている。」という感覚でなく、「オーケストラと共に演奏している。」という感覚に切り替えるのです。特に自分の入ってくる前8小節は完全に一緒に音楽しましょう。そうすることで、「入りの暗譜」も自然にできてしまうというわけです。
 (by 合唱指揮者・仁階堂孝)





テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

合唱団と血液型って!?)

余談その1(合唱団と血液型って!?)

血液型別性格診断って信じますか?このごろ思うのですが、教えているお弟子さんたちとの関係を考えるとき、血液型による相性ってあるように思えてなりません。私自身はO型ですので「おおらか、悪く言えば大雑把」「全体像の見極めが的確、気配りが得意、それがたたって大人物になれない」「人当たりが良い、悪くすると八方美人」「面倒見の良い親分肌、人から頼られる、一歩間違えると他人の世話で大忙し、大きなお世話」「筋を通したい、正義感・責任感についての意識は高い、悪人ではないが面白みにも欠ける」……A型のなりそこないで几帳面になりきれず、B型のように型破りなことも出来ず、AB型のような意外性もない、そんな性格らしいです。そして、A型に手間、面倒をかけ世話をしてもらうという、A型さんにとっての困ったさんで、B型には散々面倒を見てあげたのに振り回されてかわされ、AB型とは「何考えてるかわかんない!」と敬遠し合いながらも惹かれあう、そんな関係…?
さて、そんな「血液型」が、合唱団にもあるって信じますか?何十人もが集まる合唱団ですから一つの血液型に凝縮して判断できるわけない!とお思いでしょうが、いくつかの合唱団に伺ううちに各合唱団をこの4種の血液型に分類できる、と思えるようになりました。

A型合唱団=とても几帳面で運営もきっちりしており、練習中も非常にまじめです。時間通り、ノルマ通りに練習が進むことがモットー。次回への課題も必ずこなして来ます。指導者にとって一番楽な団体です。何と言っても連絡が丁寧で、初めての練習場所に伺うときは地図が送られてきて最寄り駅までお迎えが来る、練習が終わればお見送り、休憩中のお茶、お菓子、お絞りが用意
 されている…あまり過ぎると鬱陶しいくらい!?大学の学生合唱団母体など、まだ若い合唱団に多く見られます。

B型合唱団=マイペース、指揮者があるポイントについて指導しているのに5・6ページ前の部分について「音程が取れないのでもう一回お願いします。」などと発言する。本番直前までちっとも上達しないで指導者に大いに気を持たせるのに、本番は見事に変身してすごい演奏をする。私たちの心配はなんだったの?となんだかこっちがどっと疲れる。でも芸達者が盛り上げる演奏会後の打ち上げがメチャ楽しい!のでつい許してしまう。ベテランが多く平均年齢が高い合唱団ほどこの傾向が強い?!実は海千山千!

O型合唱団=練習は和気藹々、それぞれがそれぞれの役割を果たし物事がそつなく進んで行く。器用に何でもこなし、打たれ強く度胸もある。どんな時もある一定の水準は必ず守る。一番信頼できる合唱団です。指導者もつい安心して色々頼ってしまう。ところが連絡はしっぱなしで確認のフォローは足りず、楽譜のコピーは素早く送ってくるものの斜めに曲がっていたりページが足りなかったり…、とつめが甘いのでご注意!中堅どころのママさんコーラスに多く見受けられるかも?

AB型合唱団=一見何をしたいのか、何のために練習をしているのか掴めない団体です。団員
には個々の強い思いもあるのに、団としての顔が今一つ作られていない、音楽もどこを目指すのか不明?しかし一旦何かきっかけを与えられると突然大変身、究極の演奏をすることが間々ある。いわゆるイベント合唱団に見られる傾向ですが、この傾向は老舗の名門合唱団も活動の中で必ず一度は通過するような気がします。
(by ピアニスト・太田由美子)





テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

一般公募がある第九

一般公募がある第九

サントリー一万人の第九

1983年に故山本直純指揮で第1回が始まった「サントリー1万人の第九」。今年度で25回を数える。その名の通り、1万人がベートーヴェンの「第九」を大合唱するという巨大スケールのコンサート。年末に大阪城ホールで公演を行う。指揮者は熱き男、佐渡裕さん。合唱団への参加は6月に申し込みを受け付け後、抽選。夏から約3ヶ月の練習を重ねる。練習会場は近畿圏、東京でもレッスンを受けられる。
1万人の合唱とは4楽章の「歓喜の歌」を聴衆も合唱に加わって総勢1万人が合唱することか
ら付けられた。

国技館5000人の第九

1985年2月17日の両国国技館落成を祝賀する目的で開催されたのがこの第九の始まり。以後「国技館5000人の第九コンサート」として感動と喜びをより多くの人々に伝えるために毎年開催されている。合唱団員の募集は先着順で受付。出演には練習に参加する必要がある。練習は9月下旬から年明け以降本番までの間、東京都内を中心に首都圏各所にレッスン会場を設定してレッスンが進められる。

第九ひろしま

国技館5000人の第九と同じ1985年の12月12日に、「広島サンプラザ」のこけら落としの一環として、行われたのが始まり。合唱団規模は千数百人程度で、合唱団員の募集は7月から先着順受付による。練習は9月初旬から。「第九」経験者については11月初旬からの出席でも可。レッスン会場は広島県内のみ。






テーマ : クラシック - ジャンル : 音楽

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。